して、ものをいうにも呼吸《いき》をはずまして、可訝《おかし》いだろうじゃないか。先刻《さっき》僕の帰った時も、戸をあけると、吃驚《びっくり》して、何だかおどおどしておいでだったぜ。こないだの時だってもそうだ。髯に向って、(いらっしゃいまし)自分の亭主を迎えるとって、(いらっしゃいまし)なんて、言う奴があるものか。何だってそう気が小さくッて、物驚きをするんだなあ。それだから疑ぐられるんだ。不可《いけない》ねえ。」
 お貞は淋しげなる微笑《えみ》を含み、
「そういってながら芳さんもあの時はやっぱりそそッかしく、二階へ駈《か》け上ったじゃあないかね。」
 少年は別に考うる体《てい》もなく、
「そりゃ何だ、僕は何も恐《こわ》いことはないけれど、あの髯が嫌だからだ。何だか虫が好かなくッて、見ると癪《しゃく》に障るっちゃあない、僕あもう大嫌《だいきらい》だ。」
 と臆面《おくめん》もなく言うて退《の》けつ。渠《かれ》は少年の血気にまかせて、後前《あとさき》見ずにいいたるが、さすがにその妻の前なるに心着きけむ、お貞の色をうかがいたり。
 お貞は気に懸けたる状《さま》もなく、かえって同意を表するごとく
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