が酷《ひど》く瘠《や》せッこけて、そうしょんぼりとしてる処は、どう見ても幽霊のようじゃ、行燈が暗いせいだろう。な。」
「はい。」
お貞は、深夜幽霊の名を聞きて、ちりけもとより寒さを感じつ。身震いしながら、少しく居寄りて、燈心の火を掻立てたり。
「そんなに身体《からだ》を弱らせてどうしようという了簡なんか。うむ、お貞。」
根深く問うに包みおおせず、お貞はいとも小さき声にて、
「よく御存じでございます。」
「むむ、お前のすることは一々|吾《おり》ゃ知っとるぞ。」
「え。」
とお貞はずり退《さが》りぬ。
「茶断《ちゃだち》、塩断《しおだち》までしてくれるのに、吾《おれ》はなぜ早く死なんのかな。」
お貞は聞きて興覚顔《きょうざめがお》なり。
時彦の語気は落着けり。
「疾《はや》く死ねば可いと思うておって、なぜそんな真似をするんだな。」
と声に笑いを含めて謂《い》えり。お貞はほとんど狂せんとせり。
病者はなおも和《やわら》かに、
「何、そう驚くにゃ及ばない。昨日今日にはじまったことではないが、お貞、お前は思ったより遥《はるか》に恐しい女だな。あれは憎い、憎い奴だから殺したいということなら、吾《おれ》も了簡のしようがあるが、(死んでくれりゃ可い。)は実に残酷だ。人を殺せば自分も死なねばならぬというまず世の中に定規《さだめ》があるから、我身《わがみ》を投出して、つまり自分が死んでかかって、そうしてその憎い奴を殺すのじゃ。誰一人|生命《いのち》を惜《おし》まぬものはない、活きていたいというのが人間第一の目的じゃから、その生命《いのち》を打棄ててかかるものは、もう望《のぞみ》を絶ったもので、こりゃ、隣《あわれ》むべきものである。
お前のはそうじゃあない。(死んでくれりゃ可い)と思うので、つまり精神的に人を殺して、何の報《むくい》も受けないで、白日青天、嫌な者が自分の思いで死んでしまった後《あと》は、それこそ自由自在の身じゃでの、仕たい三昧《ざんまい》、一人で勝手に栄耀《えよう》をして、世を愉快《おもしろ》く送ろうとか、好《すき》な芳之助と好《い》いことをしようとか、怪《け》しからんことを思うている、つまり希望というものがお前にあるのだ。
人の死ぬのを祈りながら、あとあとの楽《たのし》みを思うている、そんな太い奴があるもんか。
吾《おれ》はきっと許さんぞ。
そうそ
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