姉様がわざと縫って寄来《よこ》したもんだから、大事にして着ているんだ。」
「そのせいで似合うのかねえ。」
 とお貞は今更のごとく少年の可憐なる状《さま》ぞ瞻《みまも》られける。水上芳之助は年紀《とし》十六、そのいう処、行う処、無邪気なれどもあどけなからず。辛苦のうちに生《おい》たちて浮世を知れる状見えつ。もののいいぶりはきはきして、齢《よわい》のわりには大人びたり。

       四

 要なければここには省く。少年はお蓮《れん》といえりし渠《かれ》の姉が、少《わか》き時配偶を誤りたるため、放蕩《ほうとう》にして軽薄なる、その夫判事なにがしのために虐遇され、精神的に殺されて入水して果てたりし、一条の惨話を物語りつ。語《ことば》は簡に、意は深く、最もものに同情を表して、動かされ易きお貞をして、悲痛の涙に咽《むせ》ばしめたり。
 語を継ぎて少年言う。
「姉様《ねえさん》もやっぱり酷《ひど》いめにあわされるから、それで髯《ひげ》が嫌なんだろう。」
 折からぶつぶつと湯の沸返《にえかえ》りて、ぱっと立ちたる湯気に驚き、少年は慌《あわただ》しく鉄瓶の蓋《ふた》を外し、お貞は身を斜《ななめ》になりて、茶棚より銅《あかがね》の水差を取下して急がわしく水を注《さ》しつ。
「いいえ、違うよ。私のはまた全く芳さんの姉さんとは反対《あちこち》で、あんまり深切にされるから、もう嫌で、嫌で、ならないんだわ。」
 少年は太《いた》く怪《あやし》み、
「そんな事っちゃアあるもんでない。何だって優しくされて、それで嫌だというがあるものか。」
「まあさ、お聞きなね。深切だといえば深切だが、どちらかといえば執着《しつこ》いのだわ。かいつまんで話すがね、ちょいと聞賃をあげるから。」
 と菓子皿を取出《とりいだ》して、盛りたる羊羹《ようかん》に楊枝《ようじ》を添え、
「一ツおあがり、いまお茶を入替えよう。」
 と吸子の茶殻を、こぼしにあけ、
「芳ちゃんだから話すんだよ。誰にも言っちゃ不可《いけな》いよ。実は私の父親《おとっさん》は、中年から少し気が違ったようになって、とうとうそれでおなくなりなすったがね、親のことをいうようだけれど、母様《おっかさん》は少し了簡違《りょうけんちが》いをして、父親《おとっさん》が病気のあいだに、私には叔父さんだ、弟ごと関着《くッつ》いたの。
 するとお祖父《じい》さんのお計
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