らいで、私が乳《ち》放れをするとすぐに二人とも追出して、御自分で私を育てて、十三の時までお達者だったが、ああ、十四の春だった。中風《ちゅうぶ》でお悩みなすってから、動くことも出来なくおなりで、家《うち》は広し、四方は明地《あきち》で、穴のような処に住んでたもんだから、火事なんぞの心配はないのだけれど、盗賊《どろぼう》にでも入られたら、それこそどうすることもならないのよ。お金子《かね》も少々あったそうだし。
 雇いの婆さんは居たけれど、耳は遠いし、そんなことの助けにゃならず、祖父《おじい》さんの看病も私一人では覚束《おぼつか》なし、確《たしか》な後見をといった処で、また後見なんていうものは、あとでよく間違が出来るものだから、それよりか、いっそ私に……というので、親類中で相談を極《き》めて、とうとうあてがったのが今の旦那なの。
 その頃ちょうど高等中学校を卒業したので、ま、宅《うち》へ来てから、東京へ出て、大学へ入ろうという相談でね、もともと内の緊《しま》りにもなってもらわなきゃあならないというんでさ、わざッと年の違ったのを貰ったもんだから、旦那は二十九で、私は十四。」
 お貞は今吸子に湯をばささんとして、鉄瓶に手を懸けたる、片手を指折りて数えみつ。
「十五の違《ちがい》だね。もっとも晩学だとかいうので、大抵なら二十五六で、学士になるのが多いってね。」
「無論さ。」
 と少年は傾聴しながら喙《くち》を容《い》れたり。
 お貞は煎茶を汲出《くみい》だして、まず少年に与えつつ、
「何だか知らないけれど、御婚礼をした時分は、嬉しくもなく、恐《こわ》くもなく、まるで夢中で、何とも思やしなかったが、実はおじいさんと二人ばかりで、他所《よそ》の人の居ない方が、御膳《ごぜん》を頂く時やなんか、私ゃ気が置けなくて可《よ》かったわ。
 変に気が詰まって、他人《ひと》の内へ泊《とまり》にでも行ったようで、窮屈で、つまらなくッて、思ってみればその時分から旦那が嫌いだったかも知れないよ。でも大方甘やかされた癖で、我儘《わがまま》の方が勝ってたのであろうと思う。
 そのうちお祖父さんも安心をなすったせいか、大層気分も好《よ》くなるし、いよいよ旦那が東京へたつというので、祝ってたたしたお酒の座で、ちっと飲《のみ》ようが多かったのがもとになってね、旦那が出発をしたそのおひるすぎに、お祖父|様《さん》
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