を思うより前《さき》に――何となく今も遥《はる》かに本所の方《かた》へ末を曳《ひ》いて消え行く心地す。何等か隠約の中《うち》に脈を通じて、別の世界に相通ずるものあるがごとくならずや。夜半《よわ》の寝覚に、あるいは現《うつつ》に、遠吠《とおぼえ》の犬の声もフト途絶ゆる時、都大路の空行くごとき、遥かなる女の、ものとも知らず叫ぶ声を聞く事あるように思うはいかに。
またこの物語を読みて感ずる処は、事の奇と、ものの妖《よう》なるのみにあらず。その土地の光景、風俗、草木の色などを不言の間に聞き得る事なり。白望に茸を採りに行きて宿りし夜とあるにつけて、中空の気勢《けはい》も思われ、茸狩る人の姿も偲《しの》ばる。
大体につきてこれを思うに、人界に触れたる山魅人妖《さんみじんよう》異類のあまた、形を変じ趣をこそ変《かえ》たれ、あえて三国伝来して人を誑《ば》かしたる類《たぐい》とは言わず。我国に雲のごとく湧《わ》き出《い》でたる、言いつたえ書きつたえられたる物語にほぼ同じきもの少からず。山男に石を食《くわ》す。河童の手を奪える。それらなり。この二種の物語のごときは、川ありて、門《かど》小さく、山ありて
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