み》の山続きに離森《はなれもり》と云う所あり。その小字《こあざ》に長者屋敷と云うは、全く無人《ぶじん》の境なり。茲《ここ》に行《ゆ》きて炭を焼く者ありき。或夜《あるよ》その小屋の垂菰《たれこも》をかかげて、内を覗《うかが》う者を見たり。髪を長く二つに分けて垂れたる女なり。このあたりにても深夜に女の叫声を聞くことは、珍しからず。
佐々木氏の祖父の弟、白望に茸《きのこ》を採りに行きて宿りし夜、谷を隔てたるあなたの大《おおい》なる森林の前を横ぎりて女の走り行くを見たり。中空《なかぞら》を走る様に思われたり。待てちゃアと二声ばかり呼ばりたるを聞けりとぞ。
[#ここで字下げ終わり]
 修羅の巷《ちまた》を行くものの、魔界の姿見るがごとし。この種の事は自分実地に出あいて、見も聞きもしたる人他国にも間々あらんと思う。われ等もしばしば伝え聞けり。これと事柄は違えども、神田の火事も十里を隔てて幻にその光景を想う時は、おどろおどろしき気勢《けはい》の中に、ふと女の叫ぶ声す。両国橋の落ちたる話も、まず聞いて耳に響くはあわれなる女の声の――人雪頽《ひとなだれ》を打って大川の橋杭《はしぐい》を落ち行く状《さま》
前へ 次へ
全13ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング