知己《ちき》を当代に得たりと言うべし。
 さて本文の九に記せる、
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菊地|弥之助《やのすけ》と云う老人は若き頃駄賃を業とせり。笛の名人にて、夜通しに馬を追いて行く時などは、よく笛を吹きながら行きたり。ある薄月夜にあまたの仲間の者と共に浜へ越ゆる境木峠《さかいぎとうげ》を行くとて、また笛を取出《とりいだ》して吹きすさみつつ、大谷地《おおやち》(ヤチはアイヌ語にて湿地の義なり内地に多くある地名なりまたヤツともヤトともヤとも云うと註あり)と云う所の上を過ぎたり。大谷地は深き谷にて白樺《しらかば》の林しげく、其《その》下は葦《あし》など生じ湿りたる沢なり。此時《このとき》谷の底より何者か高き声にて面白いぞ――と呼《よば》わる者あり。一同|悉《ことごと》く色を失い遁《に》げ走りたりと云えり。
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 この声のみの変化《へんげ》は、大入道よりなお凄《すご》く、即ち形なくしてかえって形あるがごとき心地せらる。文章も三誦《さんしょう》すべく、高き声にて、面白いぞ――は、遠野の声を東都に聞いて、転寝《うたたね》の夢を驚かさる。
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白望《しろ
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