、紙上を抜け出で、眼前に顕《あらわ》るる。近来の快心事、類少なき奇観なり。
昔より言い伝えて、随筆雑記に俤《おもかげ》を留《とど》め、やがてこの昭代に形を消さんとしたる山男も、またために生命あるものとなりて、峰づたいに日光辺まで、のさのさと出《い》で来《きた》らむとする概あり。
古来有名なる、岩代国《いわしろのくに》会津の朱の盤、かの老媼茶話《ろうおんさわ》に、
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奥州会津|諏訪《すわ》の宮に朱の盤という恐しき化物ありける。或暮《あるひぐれ》年の頃廿五六なる若侍一|人《にん》、諏訪の前を通りけるに常々化物あるよし聞及び、心すごく思いけるおり、又廿五六なる若侍|来《きた》る。好《よ》き連《つれ》と思い伴いて道すがら語りけるは、ここには朱の盤とて隠れなき化物あるよし、其方《そなた》も聞及び給うかと尋ぬれば、後《うしろ》より来《きた》る若侍、その化物はかようの者かと、俄《にわか》に面《おもて》替り眼《まなこ》は皿のごとくにて額に角《つの》つき、顔は朱のごとく、頭《かしら》の髪は針のごとく、口、耳の脇まで切れ歯たたきしける……
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というもの、
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