《けお》されて色の無さよ、と怪《あやし》んで聞くと、芸も容色《きりょう》も立優《たちまさ》った朝顔だけれど、――名はお君という――その妓《こ》は熊野を踊《おど》ると、後できっと煩《わず》らうとの事。仔細《しさい》を聞くと、させる境遇《きょうぐう》であるために、親の死目に合わなかったからであろう、と云った。
不幸で沈んだと名乗る淵《ふち》はないけれども、孝心なと聞けば懐《なつか》しい流れの花の、旅の衣《ころも》の俤《おもかげ》に立ったのが、しがらみかかる部屋の入口。
謙造はいそいそと、
「どうして。さあ、こちらへ。」
と行儀《ぎょうぎ》わるく、火鉢を斜《なな》めに押出《おしだ》しながら、
「ずっとお入んなさい、構やしません。」
「はい。」
「まあ、どうしてね、お前さん、驚《おどろ》いた。」と思わず云って、心着くと、お君はげっそりとまた姿が痩《や》せて、極《きま》りの悪そうに小さくなって、
「済みませんこと。」
「いやいや、驚いたって、何に、その驚いたんじゃない。はははは、吃驚《びっくり》したんじゃないよ。まあ、よく来たねえ。」
三
「その事で。ああ、なるほど言いました
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