よ。」
と火鉢の縁《ふち》に軽く肱《ひじ》を凭《も》たせて、謙造は微笑《ほほえ》みながら、
「本来なら、こりゃお前さんがたが、客へお世辞《せじ》に云う事だったね。誰かに肖《に》ていらっしゃるなぞと思わせぶりを……ちと反対《あちこち》だったね。言いました。ああ、肖ている、肖ているッて。
そうです、確《たしか》にそう云った事を覚えているよ。」
お君は敷《し》けと云って差出された座蒲団《ざぶとん》より膝薄《ひざうす》う、その傍《かたわら》へ片手をついたなりでいたのである。が、薄化粧《うすげしょう》に、口紅《くちべに》濃《こ》く、目のぱっちりした顔を上げて、
「よその方が、誰かに肖ているとお尋ねなさいましたから、あなたがどうお返事を遊ばすかと存じまして、私は極《きまり》が悪うございましたけれども、そっと気をつけましたんですが、こういう処で話をする事ではない。まあまあ、とおっしゃって、それ切りになりましたのでございます。」
謙造は親しげに打頷《うちうなず》き、
「そうそうそう云いました。それが耳に入って気になったかね、そうかい。」
「いいえ、」とまた俯向いて、清らかな手巾《ハンケチ》を、
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