と不思議な事には、堂の正面へ向った時、仁右衛門は掛金はないが開けて入るように、と心着けたのに、雨戸は両方へ開いていた。お君は後《のち》に、御母様《おっかさん》がそうしておいたのだ、と言ったが、知らず堂守の思違《おもいちが》いであったろう。
 框《かまち》がすぐに縁《えん》で、取附《とッつ》きがその位牌堂。これには天井《てんじょう》から大きな白の戸帳《とばり》が垂《た》れている。その色だけ仄《ほのか》に明くって、板敷《いたじき》は暗かった。
 左に六|畳《じょう》ばかりの休息所がある。向うが破襖《やれぶすま》で、その中が、何畳か、仁右衛門堂守の居《い》る処。勝手口は裏にあって、台所もついて、井戸《いど》もある。
 が謙造の用は、ちっともそこいらにはなかったので。
 前へ入って、その休息所の真暗な中を、板戸|漏《も》る明《あかり》を見当に、がたびしと立働いて、町に向いた方の雨戸をあけた。
 横手にも窓があって、そこをあけると今の、その雪をいただいた山が氷《こおり》を削《けず》ったような裾を、紅、緑、紫の山でつつまれた根まで見える、見晴の絶景ながら、窓の下がすぐ、ばらばらと墓であるから、ま
前へ 次へ
全48ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング