彳《たたず》みたり。……これからよ、南無妙。
 女ちと打笑うて、嬉《うれ》しや候。さらば御桟敷《おんさじき》へ参り候《そうら》わんと云いて、跡《あと》に付きてぞ歩みける。羅綺《らき》にだも不勝姿《たえざるすがた》、誠《まこと》に物痛《ものいたわ》しく、まだ一足も土をば不蹈人《ふまざるひと》よと覚えて、南無妙。
 彦七|不怺《こらえず》、余《あまり》に露《つゆ》も深く候えば、あれまで負進《おいまいら》せ候わんとて、前に跪《ひざまず》きたれば、女房すこしも不辞《じせず》、便《びん》のう、いかにかと云いながら、やがて後《うしろ》にぞ靠《よりかか》りける、南無妙。
 白玉か何ぞと問いし古《いにし》えも、かくやと思知《おもいしら》れつつ、嵐《あらし》のつてに散花《ちるはな》の、袖に懸《かか》るよりも軽やかに、梅花《ばいか》の匂《におい》なつかしく、蹈足《ふむあし》もたどたどしく、心も空に浮《うか》れつつ、半町《はんちょう》ばかり歩みけるが、南無妙。
 月すこし暗かりける処にて、南無妙、さしも厳《いつく》しかりけるこの女房、南無妙。」
 といいいい額堂を出ると、雨に濡らすまいと思ったか、数珠を取っ
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