、」
と見返って、莞爾《にっこり》して、
「どうも、嬰児《ねんね》のように恐がって、取って食われそうに騒ぐんで、」
と今の姿を見られたろう、と極《きまり》の悪さにいいわけする。
お君は俯向《うつむ》いて、紫《むらさき》の半襟《はんえり》の、縫《ぬい》の梅《うめ》を指でちょいと。
仁右衛門《にえもん》、はッはと笑い、
「おお、名物の梟かい。」
「いいえ、それよりか、そのもみじ狩《がり》の額の鬼が、」
「ふむ、」
と振仰いで、
「これかい、南無妙。これは似たような絵じゃが、余吾将軍維茂《よごしょうぐんこれもち》ではない。見さっしゃい。烏帽子素袍大紋《えぼしすおうだいもん》じゃ。手には小手《こて》、脚《あし》にはすねあてをしているわ……大森彦七《おおもりひこしち》じゃ。南無妙、」
と豊かに目を瞑《つぶ》って、鼻の下を長くしたが、
「山頬《やまぎわ》の細道を、直様《すぐさま》に通るに、年の程十七八|計《ばかり》なる女房《にょうぼう》の、赤き袴に、柳裏《やなぎうら》の五衣《いつつぎぬ》着て、鬢《びん》深《ふか》く鍛《そ》ぎたるが、南無妙。
山の端《は》の月に映《えい》じて、ただ独り
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