に染みて、
「私が居《い》るから恐くはないよ。」
「ですから、こうやって、こうやって居れば恐くはないのでございます。」
思わず背《せな》に手をかけながら、謙造は仰いで額を見た。
雨の滴々《したたり》しとしとと屋根を打って、森の暗さが廂《ひさし》を通し、翠《みどり》が黒く染込《しみこ》む絵の、鬼女《きじょ》が投げたる被《かずき》を背《せ》にかけ、わずかに烏帽子《えぼし》の頭《かしら》を払《はら》って、太刀《たち》に手をかけ、腹巻したる体《たい》を斜《なな》めに、ハタと睨《にら》んだ勇士の面《おもて》。
と顔を合わせて、フトその腕《かいな》を解いた時。
小松に触《さわ》る雨の音、ざらざらと騒がしく、番傘《ばんがさ》を低く翳《かざ》し、高下駄《たかげた》に、濡地《ぬれつち》をしゃきしゃきと蹈《ふ》んで、からずね二本、痩せたのを裾端折《すそはしょり》で、大股《おおまた》に歩行《ある》いて来て額堂へ、頂《いただき》の方の入口から、のさりと入ったものがある。
八
「やあ、これからまたお出《いで》かい。」
と腹の底から出るような、奥底のない声をかけて、番傘を横に開いて、出した
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