|漆《うるし》を塗ったように古い額の、胡粉《ごふん》が白くくっきりと残った、目隈《めぐま》の蒼ずんだ中に、一双虎《いっそうとら》のごとき眼《まなこ》の光、凸《なかだか》に爛々《らんらん》たる、一体の般若《はんにゃ》、被《かずき》の外へ躍出《おどりい》でて、虚空《こくう》へさっと撞木《しゅもく》を楫《かじ》、渦《うずま》いた風に乗って、緋《ひ》の袴《はかま》の狂《くる》いが火焔《ほのお》のように飜《ひるがえ》ったのを、よくも見ないで、
「ああ。」と云うと、ひしと謙造の胸につけた、遠慮《えんりょ》の眉は間《あわい》をおいたが、前髪は衣紋《えもん》について、襟《えり》の雪がほんのり薫《かお》ると、袖に縋った手にばかり、言い知らず力が籠《こも》った。
 謙造は、その時はまださまでにも思わずに、
「母様《おっかさん》の記念《かたみ》を見に行くんじゃないか、そんなに弱くっては仕方がない。」
 と半ば励《はげ》ます気で云った。
「いいえ、母様《おっかさん》が活《い》きていて下されば、なおこんな時は甘《あま》えますわ。」
 と取縋《とりすが》っているだけに、思い切って、おさないものいい。
 何となく身
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