事を忘れました。あなた、あなた、」
 と二声《ふたこえ》に、引起された涙の顔。
「こっちへ来てご覧なさい。」
 謙造は座を譲って、
「こっちへ来て、ここへ、」
 と指さされた窓の許《もと》へ、お君は、夢中《むちゅう》のように、つかつか出て、硝子窓の敷居《しきい》に縋《すが》る。
 謙造はひしと背後《うしろ》に附添《つきそ》い、
「松葉越《まつばごし》に見えましょう。あの山は、それ茸狩《たけがり》だ、彼岸《ひがん》だ、二十六|夜待《やまち》だ、月見だ、と云って土地の人が遊山《ゆさん》に行く。あなたも朝夕見ていましょう。あすこにね、私の親たちの墓があるんだが、その居《い》まわりの回向堂《えこうどう》に、あなたの阿母《おっか》さんの記念《かたみ》がある。」
「ええ。」
「確《たしか》にあります、一昨日《おととい》も私が行って見て来たんだ。そこへこれからお伴《とも》をしよう、連れて行って上げましょう、すぐに、」
 と云って勇《いさ》んだ声で、
「お身体《からだ》の都合《つごう》は、」
 その花やかな、寂《さみ》しい姿をふと見つけた。
「しかし、それはどうとも都合《つごう》が出来よう。」
「まあ
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