い顔を包んで、消えそうな後姿で、ふるえながら泣《な》きなすったっけ。
 桑の実の小母《おば》さん許《とこ》へ、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、302−8]《ねえ》さんを連れて行ってお上げ、坊《ぼう》やは知ってるね、と云って、阿母《おふくろ》は横抱に、しっかり私を胸へ抱いて、
 こんな、お腹をして、可哀相《かわいそう》に……と云うと、熱い珠《たま》が、はらはらと私の頸《くび》へ落ちた。」
 と見ると手巾《ハンケチ》の尖《さき》を引啣《ひきくわ》えて、お君《きみ》の肩はぶるぶると動いた。白歯《しらは》の色も涙の露《つゆ》、音するばかり戦《おのの》いて。
 言《ことば》を折られて、謙造は溜息《ためいき》した。
「あなた、もし、」
 と涙声で、つと、腰《こし》を浮《う》かして寄って、火鉢にかけた指の尖が、真白に震《ふる》えながら、
「その百人一首も焼けてなくなったんでございますか。私《わ》、私《わたし》は、お墓もどこだか存じません。」
 と引出して目に当てた襦袢《じゅばん》の袖の燃ゆる色も、紅《くれない》寒き血に見える。
 謙造は太息《といき》ついて、
「あ
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