なおさら可笑《おかし》がる。
謙造は一向|真面目《まじめ》で、
「何という人だ。名札はあるかい。」
「いいえ、名札なんか用《い》りません。誰《だれ》も知らないもののない方でございます。ほほほ、」
「そりゃ知らないもののない人かも知れんがね、よそから来た私にゃ、名を聞かなくっちゃ分らんじゃないか、どなただよ。」
と眉《まゆ》を顰《ひそ》める。
「そんな顔をなすったってようございます。ちっとも恐《こわ》くはありませんわ。今にすぐにニヤニヤとお笑いなさろうと思って。昨夜《ゆうべ》あんなに晩《おそ》うくお帰りなさいました癖《くせ》に、」
「いや、」
と謙造は片頬《かたほ》を撫《な》でて、
「まあ、いいから。誰だというに、取次がお前、そんなに待たしておいちゃ失礼だろう。」
ちと躾《たしな》めるように言うと、一層|頬辺《ほっぺた》の色を濃《こ》くして、ますます気勢込《きおいこ》んで、
「何、あなた、ちっと待たして置きます方がかえっていいんでございますよ。昼間ッからあなた、何ですわ。」
と厭《いや》な目つきでまたニヤリで、
「ほんとは夜来る方がいいんだのに。フン、フン、フン、」
突然《い
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