証拠《しょうこ》に、襦袢《じゅばん》も羽織も床《とこ》の間《ま》を辷《すべ》って、坐蒲団《すわりぶとん》の傍《わき》まで散々《ちりぢり》のしだらなさ。帯もぐるぐる巻き、胡坐《あぐら》で火鉢《ひばち》に頬杖《ほおづえ》して、当日の東雲御覧《しののめごらん》という、ちょっと変った題の、土地の新聞を読んでいた。
その二の面の二段目から三段へかけて出ている、清川謙造氏《きよかわけんぞうし》講演、とあるのがこの人物である。
たとい地方でも何でも、新聞は早朝に出る。その東雲御覧を、今やこれ午後二時。さるにても朝寝《あさね》のほど、昨日《きのう》のその講演会の帰途《かえり》のほども量《はか》られる。
「お客様でございますよう。」
と女中は思入《おもいいれ》たっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声で威《おど》して甲走《かんばし》る。
吃驚《びっくり》して、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓《がらすまど》へ照々《てらてら》と当る日が、片頬《かたほお》へかっと射したので、ぱちぱちと瞬《またた》いた。
「そんなに吃驚なさいませんでもようございます。」
と
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