たり、胸へのせると裾までかくれたよ。
惜《おし》い事をした。その巾着は、私が東京へ行っていた時分に、故郷《こきょう》の家が近火《きんか》に焼けた時、その百人一首も一所に焼けたよ。」
「まあ……」
とはかなそうに、お君の顔色が寂《さび》しかった。
「迷子札は、金《かね》だから残ったがね、その火事で、向うの家《うち》も焼けたんだ。今度通ってみたが、町はもう昔の俤もない。煉瓦造《れんがづく》りなんぞ建って開けたようだけれど、大きな樹がなくなって、山がすぐ露出《むきだ》しに見えるから、かえって田舎《いなか》になった気がする、富士の裾野《すその》に煙突《えんとつ》があるように。
向うの家も、どこへ行きなすったかね、」
と調子が沈んで、少し、しめやかになって、
「もちろんその娘さんは、私がまだ十《と》ウにならない内に亡《な》くなったんだ。――
産後だと言います……」
「お産をなすって?」
と俯目でいた目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いたが、それがどうやらうるんでいたので。
謙造はじっと見て、傾《かたむ》きながら、
「一人娘《ひとりむすめ》で養子をしたんだね、い
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