ざ、年紀《とし》も違うし、一所に遊んだ事はもちろんなし、また内気な人だったとみえて、余り戸外《そと》へなんか出た事のない人でね、堅《かた》く言えば深閨《しんけい》に何とかだ。秘蔵娘《ひぞっこ》さね。
そこで、軽々しく顔が見られないだけに、二度なり、三度なり見た事のあるのが、余計に心に残っているんで。その女用文章の中の挿画《さしえ》が真物《ほんもの》だか、真物が絵なんだか分らないくらいだった。
しかしどっちにしろ、顔容《かおかたち》は判然《はっきり》今も覚えている。一日《あるひ》、その母親の手から、娘《むすめ》が、お前さんに、と云って、縮緬《ちりめん》の寄切《よせぎれ》で拵《こしら》えた、迷子札《まいごふだ》につける腰巾着《こしぎんちゃく》を一個《ひとつ》くれたんです。そのとき格子戸の傍《わき》の、出窓の簾《すだれ》の中に、ほの白いものが見えたよ。紅《べに》の色も。
蝙蝠《こうもり》を引払《ひっぱた》いていた棹《さお》を抛《ほう》り出して、内《うち》へ飛込んだ、その嬉《うれ》しさッたらなかった。夜も抱いて寝て、あけるとその百人一首の絵の机の上へのっけたり、立っている娘の胸の処へ置い
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