とまた片手をついた。胸へ気が籠《こも》ったか、乳のあたりがふっくりとなる。
「余り気を入れると他愛《たわい》がないよ。ちっとこう更《あらたま》っては取留めのない事なんだから。いいかい、」
 ともの優しく念を入れて、
「私は小児《こども》の時だったから、唾《つばき》をつけて、こう引返すと、台なしに汚《よご》すと云って厭《いや》がったっけ。死んだ阿母《おふくろ》が大事にしていた、絵も、歌の文字も、対《つい》の歌留多《かるた》が別にあってね、極彩色《ごくさいしき》の口絵の八九枚入った、綺麗《きれい》な本の小倉百人一首《おぐらひゃくにんいっしゅ》というのが一冊あった。
 その中のね、女用文章の処を開けると……」と畳の上で、謙造は何にもないのを折返した。

     四

「トそこに高髷に結った、瓜核顔《うりざねがお》で品のいい、何とも云えないほど口許《くちもと》の優《やさし》い、目の清《すずし》い、眉の美しい、十八九の振袖《ふりそで》が、裾《すそ》を曳《ひ》いて、嫋娜《すらり》と中腰に立って、左の手を膝の処へ置いて、右の手で、筆を持った小児《こども》の手を持添えて、その小児《こども》の顔を
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