お宿へ、飛《とん》だお邪魔《じゃま》をいたしましてございますの。」
「宿へお出《いで》は構わんが、こんな処で話してはちと真面目になるから、事が面倒になりはしないかと思うんだが。
そうかと云って昨夜《ゆうべ》のような、杯盤狼藉《はいばんろうぜき》という場所も困るんだよ。
実は墓参詣《はかまいり》の事だから、」
と云いかけて、だんだん火鉢を手許《てもと》へ引いたのに心着いて、一膝下って向うへ圧《お》して、
「お前さん、煙草《たばこ》は?」
黙《だま》って莞爾《にっこり》する。
「喫《の》むだろう。」
「生意気《なまいき》でございますわ。」
「遠慮なしにお喫《あが》り、お喫り。上げようか、巻いたんでよけりゃ。」
「いいえ、持っておりますよ。」
と帯の処へ手を当てる。
「そこでと、湯も沸《わ》いてるから、茶を飲みたければ飲むと……羊羹《ようかん》がある。一本五銭ぐらいなんだが、よければお撮《つま》みと……今に何ぞご馳走《ちそう》しようが、まあ、お尋《たずね》の件を済ましてからの事にしよう、それがいい。」
独《ひと》りで云って、独りで極《き》めて、
「さて、その事だが、」
「はあ、」
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