と折れて、ポンと尻持《しりもち》を支《つ》いた体《てい》に、踵《かかと》の黒いのを真向《まむ》きに見せて、一本ストンと投出《なげだ》した、……恰《あたか》も可《よし》、他《ほか》の人形など一所《いっしょ》に並んだ、中に交《まじ》つて、其処《そこ》に、木彫にうまごやしを萌黄《もえぎ》で描《か》いた、舶来ものの靴が片隻《かたっぽ》。
で、肩を持たれたまゝ、右の跛《びっこ》の黒《くろ》どのは、夫人の白魚《しらうお》の細い指に、ぶらりと掛《かか》つて、一《ひと》ツ、ト前のめりに泳いだつけ、臀《いしき》を揺《ゆす》つた珍《ちん》な形で、けろりとしたもの、西瓜をがぶり。
熟《じっ》と視《み》て、
「まあ……」
離すと、可《い》いことに、あたり近所の、我朝《わがちょう》の姉様《あねさま》を仰向《あおむけ》に抱込《だきこ》んで、引《ひっ》くりかへりさうで危《あぶな》いから、不気味らしくも手からは落さず……
「島か、光《みつ》か、払《はたき》を掛けて――お待ちよ、否《いいえ》、然《そ》う/\……矢張《やっぱり》これは、此の話の中で、鰐《わに》に片足|食切《くいき》られたと云ふ土人か。人殺しをして、山へ遁《に》げて、大木《たいぼく》の梢《こずえ》へ攀《よ》ぢて、枝から枝へ、千仭《せんじん》の谷《たに》を伝はる処《ところ》を、捕吏《とりて》の役人に鉄砲で射《い》られた人だよ。
ねえ鸚鵡《おうむ》さん。」
と、足を継《つ》いで、籠《かご》の傍《わき》へ立掛《たてか》けた。
鸚鵡の目こそ輝いた。
三
「あんな顔をして、」
と夫人は声を沈めたが、打仰《うちあお》ぐやうに籠を覗《のぞ》いた。
「お前さん、お知己《ちかづき》ぢやありませんか。尤《もっと》も御先祖の頃だらうけれど――其の黒人《くろんぼ》も……和蘭陀《オランダ》人も。」
で、木彫の、小さな、護謨細工《ゴムざいく》のやうに柔かに襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》の入つた、靴をも取つて籠の前に差置《さしお》いて、
「此のね、可愛らしいのが、其の時の、和蘭陀館《オランダやかた》の貴公子ですよ。御覧、――お待ちなさいよ。恁《こ》うして並べたら、何だか、もの足りないから。」
フト夫人は椅子を立つたが、前に挟んだ伊達巻《だてまき》の端をキウと緊《し》めた。絨氈《じゅうたん》を運ぶ上靴
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