、此《これ》は鯉《こい》、其《それ》は金銀の糸の翼、輝く虹《にじ》を手鞠《てまり》にして投げたやうに、空を舞つて居た孔雀《くじゃく》も、最《も》う庭へ帰つて居るの……燻占《たきし》めはせぬけれど、棚に飼つた麝香猫《じゃこうねこ》の強い薫《かおり》が芬《ぷん》とする……
同《おなじ》やうに吹通《ふきとお》しの、裏は、川筋を一つ向うに、夜中は尾長猿《おながざる》が、キツキと鳴き、カラ/\カラと安達《あだち》ヶ|原《はら》の鳴子《なるこ》のやうな、黄金蛇《こがねへび》の声がする。椰子《やし》、檳榔子《びんろうじ》の生え茂つた山に添つて、城のやうに築上《つきあ》げた、煉瓦造《れんがづくり》がづらりと並んで、矢間《やざま》を切つた黒い窓から、弩《いしびや》の口がづん、と出て、幾つも幾つも仰向《あおむ》けに、星を呑《の》まうとして居るのよ……
和蘭《オランダ》人の館《やかた》なんです。
其の一《ひとつ》の、和蘭館《オランダかん》の貴公子と、其の父親の二人が客で。卓子《テエブル》の青い鉢、青い皿を囲んで向合《むきあ》つた、唐人《とうじん》の夫婦が二人。別に、肩には更紗《さらさ》を投掛《なげか》け、腰に長剣を捲《ま》いた、目の鋭い、裸《はだか》の筋骨《きんこつ》の引緊《ひきしま》つた、威風の凜々《りんりん》とした男は、島の王様のやうなものなの……
周囲《まわり》に、可《い》いほど間《ま》を置いて、黒人《くろんぼ》の召使が三人で、謹《つつし》んで給仕に附いて居る所。」
と俯目《ふしめ》に、睫毛《まつげ》濃く、黒棚《くろだな》の一《ひと》ツの仕劃《しきり》を見た。袖口《そでぐち》白く手を伸《の》べて、
「あゝ、一人|此処《ここ》に居たよ。」
と言ふ。天窓《あたま》の大きな、頤《あご》のしやくれた、如法玩弄《にょほうおもちゃ》の焼《やき》ものの、ペロリと舌で、西瓜《すいか》喰《く》ふ黒人《くろんぼ》の人形が、ト赤い目で、額《おでこ》で睨《にら》んで、灰色の下唇《したくちびる》を反《そ》らして突立《つった》つ。
「……余り謹《つつし》んでは居ないわね……一寸《ちょいと》、お話の中へ出ておいで。」
と手を掛けると、ぶるりとした、貧乏動《びんぼうゆる》ぎと云ふ胴揺《どうゆす》りで、ふてくされにぐら/\と拗身《すねみ》に震ふ……はつと思ふと、左の足が股《もも》のつけもとから、ぽきり
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