つと見着けたのが鬼《おに》ヶ|島《しま》、――魔界だわね。
然《そ》うして地《つち》を見てからも、島の周囲《まわり》に、底から生えて、幹《みき》ばかりも五|丈《じょう》、八丈、すく/\と水から出た、名も知れない樹が邪魔に成つて、船を着ける事が出来ないで、海の中の森の間《あいだ》を、潮あかりに、月も日もなく、夜昼《よるひる》七日《なのか》流れたつて言ふんですもの……
其の時分、大きな海鼠《なまこ》の二尺許《にしゃくばか》りなのを取つて食べて、毒に当つて、死なないまでに、こはれごはれの船の中で、七顛八倒《しちてんばっとう》の苦痛《くるしみ》をしたつて言ふよ。……まあ、どんな、心持《こころもち》だつたらうね。渇くのは尚《な》ほ辛《つら》くつて、雨のない日の続く時は帆布《ほぬの》を拡げて、夜露《よつゆ》を受けて、皆《みんな》が口をつけて吸つたんだつて――大概唇は破れて血が出て、――助かつた此の話の孫一《まごいち》は、余《あんま》り激しく吸つたため、前歯二つ反《そ》つて居たとさ。……
お聞き、島へ着くと、元船《もとぶね》を乗棄《のりす》てて、魔国《まこく》とこゝを覚悟して、死装束《しにしょうぞく》に、髪を撫着《なでつ》け、衣類を着換《きか》へ、羽織を着て、紐《ひも》を結んで、てん/″\が一腰《ひとこし》づゝ嗜《たしな》みの脇差《わきざし》をさして上陸《あが》つたけれど、飢《うえ》渇《かつ》ゑた上、毒に当つて、足腰も立たないものを何《ど》うしませう?……」
六
「三百人ばかり、山手《やまて》から黒煙《くろけぶり》を揚げて、羽蟻《はあり》のやうに渦巻いて来た、黒人《くろんぼ》の槍《やり》の石突《いしづき》で、浜に倒れて、呻吟《うめ》き悩む一人々々が、胴、腹、腰、背、コツ/\と突《つつ》かれて、生死《いきしに》を験《ため》されながら、抵抗《てむかい》も成らず裸《はだか》にされて、懐中ものまで剥取《はぎと》られた上、親船《おやぶね》、端舟《はしけ》も、斧《おの》で、ばら/\に摧《くだ》かれて、帆綱《ほづな》、帆柱《ほばしら》、離れた釘は、可忌《いまわし》い禁厭《まじない》、可恐《おそろし》い呪詛《のろい》の用に、皆《みんな》奪《と》られて了《しま》つたんです。……
あとは残らず牛馬《うしうま》扱ひ。それ、草を毟《むし》れ、馬鈴薯《じゃがいも》を掘れ、貝を突
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