貸してくれたものだから、もしやと思って、私は早速《さっそく》裏の家《うち》へ行って訊ねてみると、案の条、婆さんが黙って持って行ったので。その婆さんが湯殿へ来たのは、恰度《ちょうど》私が湯殿から、椽側《えんがわ》を通って茶の間へ入った頃で、足に草履《ぞうり》をはいていたから足音がしない、農夫《ひゃくしょう》婆さんだから力があるので、水の入っている手桶を、ざぶりとも言わせないで、その儘《まま》提《さ》げて、呑気《のんき》だから、自分の貸したもの故《ゆえ》、別に断らずして、黙って持って行ってしまったので、少しも不思議な事はないが、もしこれをよく確めずにおいたら、おかしな事に成《な》ろうと思う。こんな事でもその機会《きっかけ》がこんがらかると、非常な、不思議な現象が生ずる。がこれは決して前述べた魔の仕業《しわぎ》でも何でもない、ただ或る機会から生じた一つ不思議な談《はなし》。これから、談《はな》すのは例の理由のない方の不思議と云うやつ。
 これも、私が逗子に居た時分に、つい近所の婦人から聞いた談《はなし》、その婦人がまだ娘の時分に、自分の家《うち》にあったと云うのだ。静岡《しずおか》の何でも町
前へ 次へ
全10ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング