ハハハと恰《あだか》も数《す》百人の笑うかの如き響《ひびき》をするように思われる。
私が曾《かつ》て、逗子《ずし》に居た時分その魔がさしたと云う事について、こう云う事がある、丁度《ちょうど》秋の中旬《はじめ》だった、当時田舎屋を借りて、家内と婢女《じょちゅう》と三人で居たが、家主《やぬし》はつい裏の農夫《ひゃくしょう》であった。或《ある》晩私は背戸《せど》の据《すえ》風呂から上って、椽側《えんがわ》を通って、直《す》ぐ傍《わき》の茶の間に居ると、台所を片着《かたづ》けた女中が一寸《ちょいと》家《うち》まで遣《や》ってくれと云って、挨拶をして出て行く、と入違《いれちが》いに家内は湯殿に行ったが、やがて「手桶が無い」という、私の入っていた時には、現在水が入ってあったものが無い道理はない、とやったが、実際見えないという。私も起《た》って行って見たが、全く何処《どこ》にも見えない、奇妙な事もあるものだと思ったが、何だか、嫌な気持のするので、何処《どこ》までも確《たしか》めてやろうと段々《だんだん》考えてみると、元来《もと》この手桶というは、私共が転居《ひっこ》して来た時、裏の家主《やぬし》で
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