りしを、このたびはじめて知りたるなり。西本の君の詣でたる、その日は霞の靉靆《たなび》きたりとよ。……音信《おとずれ》の来しは宵月なりけり。

     あんころ餅

 松任《まっとう》のついでなれば、そこに名物を云うべし。餅あり、あんころと云う。城下金沢より約三里、第一の建場《たてば》にて、両側の茶店軒を並べ、件《くだん》のあんころ餅を鬻《ひさ》ぐ……伊勢に名高き、赤福餅、草津のおなじ姥《うば》ヶ餅、相似たる類《たぐい》のものなり。
 松任にて、いずれも売競うなかに、何某《なにがし》というあんころ、隣国他郷にもその名聞ゆ。ひとりその店にて製する餡《あん》、乾かず、湿らず、土用の中《うち》にても久しきに堪えて、その質を変えず、格別の風味なり。其家《そこ》のなにがし、遠き昔なりけん、村隣りに尋ぬるものありとて、一日《あるひ》宵のほどふと家を出でしがそのまま帰らず、捜すに処無きに至りて世に亡きものに極《きわま》りぬ。三年の祥月《しょうつき》命日の真夜中とぞ。雨強く風|烈《はげ》しく、戸を揺《ゆす》り垣を動かす、物凄《ものすさま》じく暴《あ》るる夜なりしが、ずどんと音して、風の中より屋の棟に下
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