、謹みたる状《さま》して俯向《うつむ》く、背のいと痩《や》せたるが、取る年よりも長き月日の、旅のほど思わせつ。
 よし、それとても朧気《おぼろげ》ながら、彼処《かしこ》なる本堂と、向って右の方《かた》に唐戸一枚隔てたる夫人堂の大《おおい》なる御廚子《みずし》の裡《うち》に、綾《あや》の几帳《きちょう》の蔭なりし、跪《ひぎまず》ける幼きものには、すらすらと丈高う、御髪《おぐし》の艶《つや》に星一ツ晃々《きらきら》と輝くや、ふと差覗《さしのぞ》くかとして、拝まれたまいぬ。浮べる眉、画《えが》ける唇、したたる露の御《おん》まなざし。瓔珞《ようらく》の珠の中にひとえに白き御胸を、来よとや幽《かすか》に打寛《うちくつ》ろげたまえる、気高く、優しく、かしこくも妙《たえ》に美しき御姿、いつも、まのあたりに見参らす。
 今思出でつと言うにはあらねど、世にも慕わしくなつかしきままに、余所《よそ》にては同じ御堂《みどう》のまたあらんとも覚えずして、この年月《としつき》をぞ過《すご》したる。されば、音にも聞かずして、摂津、摩耶山の※[#「りっしんべん+刀」、第3水準1−84−38]利天王寺に摩耶夫人の御堂あ
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