《ちら》ばったように差置いた、煙草《たばこ》の箱と長煙管《ながぎせる》。
 片手でちょっと衣紋《えもん》を直して、さて立ちながら一服吸いつけ、
「且那え。」
「何だ。」
「もう、お無駄でござりまするからお止《よ》しなさりまし、第一あれは余り新しゅうないのでござります。それにお見受け申しました処、そうやって御酒《ごしゅ》もお食《あが》りなさりませず、滅多に箸《はし》をお着けなさりません。何ぞ御都合がおありなさりまして、私《わし》どもにお休み遊ばします。時刻《とき》が経《た》ちまするので、ただ居てはと思召《おぼしめ》して、婆々に御馳走《ごちそう》にあなた様、いろいろなものをお取り下さりますように存じます、ほほほほほ。」
 笑《わらい》とともに煙を吹き、
「いいえ、お一人のお客様には難有過《ありがたす》ぎましたほど儲《もう》かりましてございまする。大抵のお宿銭ぐらい頂戴をいたします勘定でござりますから、私《わたくし》どもにもう一室《ひとま》、別座敷でもござりますなら、お宿を差上げたい位に、はい、もし、存じまするが、旦那様。」
 婆々は框《かまち》に腰を下して、前垂《まえだれ》に煙草の箱、煙管
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