で、面《おもて》を背けるようにして、客は外《と》の方《かた》を視《なが》めると、店頭《みせさき》の釜《かま》に突込んで諸白の燗をする、大きな白丁《はくちょう》の、中が少くなったが斜めに浮いて見える、上なる天井から、むッくりと垂れて、一つ、くるりと巻いたのは、蛸《たこ》の脚、夜の色|濃《こまや》かに、寒さに凍《い》てたか、いぼが蒼《あお》い。
二
涼しい瞳《ひとみ》を動かしたが、中折《なかおれ》の帽の庇《ひさし》の下から透《すか》して見た趣で、
「あれをちっとばかりくれないか。」と言ってまた面《おもて》を背けた。
深切な婆々《ばば》は、膝《ひざ》のあたりに手を組んで、客の前に屈《かが》めていた腰を伸《の》して、指《ゆびさ》された章魚《たこ》を見上げ、
「旦那様《だんなさま》、召上りますのでござりますか。」
「ああ、そして、もう酒は沢山だから、お飯《まんま》にしよう。」
「はいはい、……」
身を起して背向《うしろむき》になったが、庖丁《ほうちょう》を取出すでもなく、縁台の彼方《あなた》の三畳ばかりの住居《すまい》へ戻って、薄い座蒲団《ざぶとん》の傍《かたわら》に、散
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