を長く膝にしながら、今こう謂《い》われて、急に思い出したように、箸の尖《さき》を動かして、赤福の赤きを顧みず、煮染《にしめ》の皿の黒い蒲鉾《かまぼこ》を挟んだ、客と差向いに、背屈《せこご》みして、
「旦那様、決してあなた、勿体《もったい》ない、お急立《せきた》て申しますわけではないのでござりますが、もし、お宿はお極《きま》り遊ばしていらっしゃいますかい。」
 客はものいわず。
「一旦《いったん》どこぞにお宿をお取りの上に、お遊びにお出掛けなさりましたのでござりますか。」
「何、山田の停車場《ステエション》から、直ぐに、右|内宮道《ないぐうみち》とある方へ入って来たんだ。」
「それでは、当伊勢はお馴《な》れ遊ばしたもので、この辺には御親類でもおありなさりますという。――」と、婆々は客の言尻《ことばじり》について見たが、その実、土地馴れぬことは一目見ても分るのであった。
「どうして、親類どころか、定宿《じょうやど》もない、やはり田舎ものの参宮さ。」
「おや!」
 と大きく、
「それでもよく乗越しておいでなさりましたよ。この辺までいらっしゃいます前には、あの、まあ、伊勢へおいで遊ばすお方に、
前へ 次へ
全48ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング