めた》からず、朧夜《おぼろよ》かと思えば暗く、東雲《しののめ》かと見れば陰々たる中に、煙草盆、枕、火鉢、炬燵櫓《こたつやぐら》の形など左右、二列《ふたなら》びに、不揃《ぶぞろ》いに、沢庵《たくあん》の樽《たる》もあり、石臼《いしうす》もあり、俎板《まないた》あり、灯のない行燈《あんどう》も三ツ四ツ、あたかも人のない道具市。
しかもその火鉢といわず、臼といわず、枕といわず、行燈といわず、一斉に絶えず微《かすか》に揺《ゆら》いで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸《いき》のあるは悉《ことごと》く死して、かかる者のみ漾《ただよ》う風情、ただソヨとの風もないのである。
十
その中《うち》に最も人間に近く、頼母《たのも》しく、且つ奇異に感じられたのは、唐櫃《からびつ》の上に、一個八角時計の、仰向《あおむ》けに乗っていた事であった。立花は夢心地にも、何等か意味ありげに見て取ったので、つかつかと靴を近《ちかづ》けて差覗《さしのぞ》いたが、ものの影を見るごとき、四辺《あたり》は、針の長短と位地を分ち得るまでではないのに、判然《はっきり》と時間が分った。しかも九時半の処を指して、時計は死んで
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