》し入るような、透間《すきま》は些《すこ》しもないのであるから、驚いて、ハタと夫人の賜物《たまもの》を落して、その手でじっと眼《まなこ》を蔽《おお》うた。
 立花は目よりもまず気を判然《はっきり》と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼《まなこ》を開いた。
 なぜなら、今そうやって跪《ひざまず》いた体《なり》は、神に対し、仏に対して、ものを打念《うちねん》ずる時の姿勢であると思ったから。
 あわれ、覚悟の前ながら、最早《もは》や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。
 さて心がら鬼のごとき目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》くと、余り強く面《おもて》を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥《はるか》に且つ幽《かすか》に、しかも細く、耳の端《はた》について、震えるよう。
 それも心細く、その言う処を確めよう、先刻《さき》に老番頭と語るのをこの隠れ家で聞いたるごとく、自分の居処《いどころ》を安堵《あんど》せんと欲して、立花
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