に立寄る者は、伊勢平氏の後胤《こういん》か、北畠《きたばたけ》殿の落武者か、お杉お玉の親類の筈《はず》を、思いもかけぬ上客《じょうかく》一|人《にん》、引手夥多《ひくてあまた》の彼処《かしこ》を抜けて、目の寄る前途《さき》へ行《ゆ》き抜けもせず、立寄ってくれたので、国主《こくしゅ》に見出《みいだ》されたほど、はじめ大喜びであったのが、灯《あかり》が消え、犬が吠《ほ》え、こうまた寒い風を、欠伸《あくび》で吸うようになっても、まだ出掛けそうな様子も見えぬので。
「いかがでございます、お酌《しゃく》をいたしましょうか。」
「いや、構わんでも可《い》い、大層お邪魔をするね。」
 ともの優しい、客は年の頃二十八九、眉目秀麗《びもくしゅうれい》、瀟洒《しょうしゃ》な風采《ふうさい》、鼠《ねず》の背広に、同一《おなじ》色の濃い外套《がいとう》をひしと絡《まと》うて、茶の中折《なかおれ》を真深う、顔を粛《つつ》ましげに、脱がずにいた。もしこの冠物《かむりもの》が黒かったら、余り頬《ほお》が白くって、病人らしく見えたであろう。
 こっくりした色に配してさえ、寒さのせいか、屈託でもあるか、顔の色が好《よ》
前へ 次へ
全48ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング