この前あたりがちょうど切目で、後へ一町、前へ三町、そこにもかしこにも両側の商家軒を並べ、半襟と前垂《まえだれ》の美しい、姐《ねえ》さんが袂《たもと》を連ねて、式《かた》のごとく、お茶あがりまし、お休みなさりまし、お飯《まんま》上りまし、お饂飩《うどん》もござりますと、媚《なま》めかしく呼ぶ中を、頬冠《ほっかむり》やら、高帽やら、菅笠《すげがさ》を被《かぶ》ったのもあり、脚絆《きゃはん》がけに借下駄《かりげた》で、革鞄《かばん》を提げたものもあり、五人づれやら、手を曳《ひ》いたの、一人で大手を振るもあり、笑い興ずるぞめきに交《まじ》って、トンカチリと楊弓《ようきゅう》聞え、諸白《もろはく》を燗《かん》する家《や》ごとの煙、両側の廂《ひさし》を籠《こ》めて、処柄《ところがら》とて春霞《はるがすみ》、神風に靉靆《たなび》く風情、灯《ひ》の影も深く、浅く、奥に、表に、千鳥がけに、ちらちらちらちら、吸殻も三ツ四ツ、地《つち》に溢《こぼ》れて真赤《まっか》な夜道を、人脚|繁《しげ》き賑《にぎや》かさ。
花の中なる枯木《こぼく》と観じて、独り寂寞《じゃくまく》として茶を煮る媼《おうな》、特にこの店
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