夫人、するりと膝をずらして、後へ身を引き、座蒲団の外へ手の指を反《そら》して支《つ》くと、膝を辷《すべ》った桃色の絹のはんけちが、褄《つま》の折端《おりはし》へはらりと溢《こぼ》れた。
「厭《いや》だよ、串戯《じょうだん》ではないよ、穿物がないんだって。」
「御意にござりまする。」
「おかしいねえ。」と眉をひそめた。夫人の顔は、コオトをかけた衣裄《いこう》の中に眉暗く、洋燈《ランプ》の光の隈《くま》あるあたりへ、魔のかげがさしたよう、円髷《まげ》の高いのも艶々《つやつや》として、そこに人が居そうな気勢《けはい》である。
畳から、手をもぎ放すがごとくにして、身を開いて番頭、固くなって一呼吸《ひといき》つき、
「で、ござりまするなあ。」
「お前、そういえば先刻《さっき》、ああいって来たもんだから、今にその人が見えるだろうと、火鉢の火なんぞ、突《つッ》ついていると、何なの、しばらくすると、今の姐《ねえ》さんが、ばたばた来たの。次の室《ま》のそこへちらりと姿を見せたっけ、私はお客が来たと思って、言《ことば》をかけようとする内に、直ぐ忙《せわ》しそうに出て行って、今度来た時には、突然《いきな
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