なお客様、またどのような手落になりましても相成らぬ儀と、お伺いに罷出《まかりで》ましてござりまする。」
番頭は一大事のごとく、固くなって、御意を得ると、夫人は何事もない風情、
「まあ、何とおっしゃる方。」
「はッ立花様。」
「立花。」
「ええ、お少《わか》いお人柄な綺麗《きれい》な方でおあんなさいまする。」
「そう。」と軽《かろ》くいって、莞爾《にっこり》して、ちょっと膝を動かして、少し火桶を前へ押して、
「ずんずんいらっしゃれば可《い》いのに、あの、お前さん、どうぞお通し下さい。」
「へい、宜《よろ》しゅうござりますか。」
頤《おとがい》の長い顔をぼんやりと上げた、余り夫人の無雑作なのに、ちと気抜けの体《てい》で、立揚《たちあが》る膝が、がッくり、ひょろりと手をつき、苦笑《にがわらい》をして、再び、
「はッ。」
六
やがて入交《いりかわ》って女中が一人《いちにん》、今夜の忙しさに親類の娘が臨時手伝という、娘柄《こがら》の好《い》い、爪《つま》はずれの尋常なのが、
「御免遊ばしまし、あの、御支度はいかがでございます。」
夫人この時は、後毛《おくれげ》のはらはら
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