、高く、柔かに敷設けて、総附《ふさつき》の塗枕《ぬりまくら》、枕頭《まくらもと》には蒔絵《まきえ》ものの煙草盆《たばこぼん》、鼻紙台も差置いた、上に香炉を飾って、呼鈴《よびりん》まで行届《ゆきとど》き、次の間の片隅には棚を飾って、略式ながら、薄茶の道具一通。火鉢には釜《かま》の声、遥《はるか》に神路山の松に通い、五十鈴川の流《ながれ》に応じて、初夜も早や過ぎたる折から、ここの行燈《あんどう》とかしこのランプと、ただもう取交《とりか》えるばかりの処。
「ええ、奥方様、あなた様にお客にござりまして。」
優しい声で、
「私に、」と品よく応じた。
「はッ、あなた様にお客来《きゃくらい》にござりまする。」
夫人はしとやかに、
「誰方《どなた》だね、お名札《なふだ》は。」
「その儀にござりまする。お名札をと申しますと、生憎《あいにく》所持せぬ、とかようにおっしゃいまする、もっともな、あなた様お着《つき》が晩《おそ》うござりましたで、かれこれ十二時。もう遅うござりますに因って、御一人旅の事ではありまするし、さようなお方は手前どもにおいでがないと申して断りましょうかとも存じましたなれども、たいせつ
前へ
次へ
全48ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング