と》でござりましょ。あれこれとおっしゃっても、まず古市では三由屋で、その上に講元《こうもと》のことでござりまするから、お客は上中下とも一杯でござります。」
「それは構わん。」といって客は細く組違えていた膝を割って、二ツばかり靴の爪尖《つまさき》を踏んで居直った。
「まあ、何ということでござります、それでは気を揉《も》むではなかったに、先へ誰方《どなた》ぞお美しいのがいらしって、三由屋でお待受けなのでござりますね。わざと迷児《まいご》になんぞおなり遊ばして、可《よ》うござります、翌日《あす》は暗い内から婆々が店頭《みせさき》に張番をして、芸妓《げいこ》さんとでも腕車《くるま》で通って御覧じゃい、お望《のぞみ》の蛸の足を放りつけて上げますに。」と煙草《きせる》を下へ、手で掬《すく》って、土間から戸外《そと》へ、……や……ちょっと投げた。トタンに相の山から戻腕車《もどりぐるま》、店さきを通りかかって、軒にはたはたと鳴る旗に、フト楫《かじ》を持ったまま仰いで留《とま》る。
「車夫《くるまや》。」
「はい。」と媚《なまめか》しい声、婦人《おんな》が、看板をつけたのであった、古市組合。

    
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