や》でも承知のこと、相宿でも間に合いませぬから、廊下のはずれの囲《かこい》だの、数寄《すき》な四阿《あずまや》だの、主人《あるじ》の住居《すまい》などで受けるでござりますよ。」
 と搦手《からめて》を明けて落ちよというなり。
 けれども何の張合もなかった、客は別に騒ぎもせず、さればって聞棄《ききず》てにもせず、何《なん》の機会《きっかけ》もないのに、小形の銀の懐中時計をぱちりと開けて見て、無雑作に突込《つッこ》んで、
「お婆さん、勘定だ。」
「はい、あなた、もし御飯《おまんま》はいかがでござります。」
 客は仰向《あおむ》いて、新《あらた》に婆々の顔を見て莞爾《かんじ》とした。
「いや、実は余り欲しくない。」
「まあ、ソレ御覧《ごろう》じまし、それだのに、いかなこッても、酢蛸《すだこ》を食《あが》りたいなぞとおっしゃって、夜遊びをなすって、とんだ若様でござります。どうして婆々が家の一膳飯《いちぜんめし》がお口に合いますものでござります。ほほほほ。」
「時に、三由屋《みよしや》という旅籠はあるね。」
「ええ、古市一番の旧家で、第一等の宿屋でござります。それでも、今夜あたりは大層なお客《ひ
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