んすから、銑さん、貴郎《あなた》、どうにかして下さい。私はもう帰途《かえり》にあの店の前を通りたくないんです。」
 とまた俯向《うつむ》いたが恐々《こわごわ》らしい。
「叔母さん、まあ、一体、何ですか。」と、余りの事に微笑《ほほえ》みながら。

       四

「もう聞えやしますまいね。」
 と憚《はばか》る所あるらしく、声もこの時なお低い。
「何が、どこで、叔母さん。」
「あすこまで、」
「ああ! 汚店《きたなみせ》へ、」
「大きな声をなさんなよ。」と吃驚《びっくり》したように慌《あわただ》しく、瞳《ひとみ》を据えて、密《そっ》という。
「何が聞えるもんですか。」
「じゃあね、言いますけれど、銑さん、私がね、今、早附木《マッチ》を買いに入ると、誰も居ないのよ。」
「へい?」
「下さいな、下さいなッて、そういうとね。穴が開いて、こわれごわれで、鼠の家の三階建のような、取附《とッつき》の三段の古棚の背《うしろ》のね、物置みたいな暗い中から、――藻屑《もくず》を曳《ひ》いたかと思う、汚い服装《なり》の、小さな婆《ばあ》さんがね、よぼよぼと出て来たんです。
 髪の毛が真白《まっしろ》でね
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