、かれこれ八十にもなろうかというんだけれど、その割には皺《しわ》がないの、……顔に。……身体《からだ》は痩《や》せて骨ばかり、そしてね、骨が、くなくなと柔かそうに腰を曲げてさ。
 天窓《あたま》でものを見るてッたように、白髪《しらが》を振って、ふッふッと息をして、脊の低いのが、そうやって、胸を折ったから、そこらを這《は》うようにして店へ来るじゃありませんか。
 早附木を下さいなッて、云ったけれど聞えません。もっともね、はじめから聞えないのは覚悟だというように、顔を上げてね、人の顔を視《なが》めてさ。目で承りましょうと云うんじゃないの。
 お婆さん、早附木を下さい、早附木を、といった、私の唇の動くのを、熟《じっ》と視めていたッけがね。
 その顔を上げているのが大儀そうに、またがッくり俯向《うつむ》くと、白髪の中から耳の上へ、長く、干からびた腕を出したんですがね、掌《てのひら》が大きいの。
 それをね、けだるそうに、ふらふらとふって、片々《かたかた》の人指《ひとさし》ゆびで、こうね、左の耳を教えるでしょう。
 聞えないと云うのかね、そんなら可《よ》うござんす。私は何だか一目見ると、厭《いや
前へ 次へ
全96ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング