》な心持がしたんですからね、買わずと可《い》いから、そのまま店を出ようと思うと、またそう行《ゆ》かなくなりましたわ。
 弱るじゃありませんか、婆さんがね、けだるそうに腰を伸ばして、耳を、私の顔の傍《そば》へ横向けに差しつけたんです。
 ぷんと臭《にお》ったの。何とも言えない、きなッくさいような、醤油《おしたじ》の焦げるような、厭な臭《におい》よ。」
「や、そりゃ困りましたね。」と、これを聞いて少年も顰《ひそ》んだのである。
「早附木を下さい。
(はあ?)
(早附木よ、お婆さん。)
(はあ?)
 はあッて云うきりなの。目を眠って、口を開けてさ、臭うでしょう。
(早附木、)ッて私は、まったくよ。銑さん、泣きたくなったの。
 ただもう遁《に》げ出したくッてね、そこいら※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すけれど、貴下《あなた》の姿も見えなかったんですもの。
 はあ、長い間よ。
 それでもようよう聞えたと見えてね、口をむぐむぐとさして合点《がってん》々々をしたから、また手間を取らないようにと、直ぐにね、銅貨を一つ渡してやると、しばらくして、早附木を一ダース。
 そんなには要らな
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