き中に、ほのぼのと白く蠢《うごめ》くものあり。
 その時、切髪《きりかみ》の白髪《しらが》になって、犬のごとく踞《つくば》ったが、柄杓の柄に、痩《や》せがれた手をしかとかけていた。
 夕顔の実に朱の筋の入った状《さま》の、夢の俤《おもかげ》をそのままに、ぼやりと仰向《あおむ》け、
「水を召されますかいの。」
 というと、艶《つや》やかな歯でニヤリと笑む。
 息とともに身を退《ひ》いて、蹌踉々々《よろよろ》と、雨戸にぴッたり、風に吹きつけられたようになって面《おもて》を背けた。斜《はす》ッかいの化粧部屋の入口を、敷居にかけて廊下へ半身。真黒《まっくろ》な影法師のちぎれちぎれな襤褸《ぼろ》を被《き》て、茶色の毛のすくすくと蔽《おお》われかかる額のあたりに、皺手《しわで》を合わせて、真俯向《まうつむ》けに此方《こなた》を拝んだ這身《はいみ》の婆《ばば》は、坂下の藪《やぶ》の姉様《あねさま》であった。
 もう筋も抜け、骨崩れて、裳《もすそ》はこぼれて手水鉢、砂地に足を蹈《ふ》み乱して、夫人は橋に廊下へ倒れる。
 胸の上なる雨戸へ半面、ぬッと横ざまに突出したは、青ンぶくれの別の顔で、途端に銀色の
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