眼《まなこ》をむいた。
のさのさのさ、頭で廊下をすって来て、夫人の枕に近づいて、ト仰いで雨戸の顔を見た、額に二つ金の瞳、真赤《まっか》な口を横ざまに開けて、
「ふァはははは、」
「う、うふふ、うふふ、」と傾《かた》がって、戸を揺《ゆす》って笑うと、バチャリと柄杓を水に投げて、赤目の嫗《おうな》は、
「おほほほほほ、」と尋常な笑い声。
廊下では、その握られた時氷のように冷たかった、といった手で、頬にかかった鬢《びん》の毛を弄《もてあそ》びながら、
「洲《す》の股《また》の御前《ごぜん》も、山の峡《かい》の婆さまも早かったな。」というと、
「坂下の姉《あね》さま、御苦労にござるわや。」と手水鉢から見越して言った。
銀の目をじろじろと、
「さあ、手を貸され、連れて行《い》にましょ。」
十九
「これの、吐《つ》く呼吸《いき》も、引く呼吸も、もうないかいの、」と洲《す》の股《また》の御前《ごぜん》がいえば、
「水くらわしや、」
と峡《かい》の婆《ばば》が邪慳《じゃけん》である。
ここで坂下の姉様《あねさま》は、夫人の前髪に手をさし入れ、白き額を平手で撫《な》でて、
「
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