を急いで越すと、次なる小室《こべや》の三畳は、湯殿に近い化粧部屋。これは障子が明いていた。
中《うち》から風も吹くようなり、傍正面《わきしょうめん》の姿見に、勿《な》、映りそ夢の姿とて、首垂《うなだ》るるまで顔を背《そむ》けた。
新しい檜《ひのき》の雨戸、それにも顔が描かれそう。真直《まっすぐ》に向き直って、衝《つ》と燈《ともしび》を差出しながら、突《つき》あたりへ辿々《たどたど》しゅう。
十八
ばたり、閉めた杉戸の音は、かかる夜ふけに、遠くどこまで響いたろう。
壁は白いが、真暗《まっくら》な中に居て、ただそればかりを力にした、玄関の遠あかり、車夫部屋の例のひそひそ声が、このもの音にハタと留《や》んだを、気の毒らしく思うまで、今夜《こよい》はそれが嬉しかった。
浦子の姿は、無事に厠《かわや》を背後《うしろ》にして、さし置いたその洋燈《ランプ》の前、廊下のはずれに、媚《なまめ》かしく露《あら》われた。
いささか心も落着いて、カチンとせんを、カタカタとさるを抜いた、戸締り厳重な雨戸を一枚。半ば戸袋へするりと開けると、雪ならぬ夜の白砂、広庭一面、薄雲の影を宿して
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