、小用《こよう》に、と思い切った。
時に、障子を開けて、そこが何になってしまったか、浜か、山か、一里塚か、冥途《めいど》の路《みち》か。船虫が飛ぼうも、大きな油虫が駈《か》け出そうも料られない。廊下へ出るのは気がかりであったけれど、なおそれよりも恐ろしかったのは、その時まで自分が寝て居た蚊帳《かや》の内を窺《うかが》って見ることで。
蹴出《けだ》しも雪の爪尖《つまさき》へ、とかくしてずり下り、ずり下る寝衣《ねまき》の褄《つま》を圧《おさ》えながら、片手で燈をうしろへ引いて、ぼッとする、肩越のあかりに透かして、蚊帳を覗《のぞ》こうとして、爪立《つまだ》って、前髪をそっと差寄せては見たけれども、夢のために身を悶《もだ》えた、閨《ねや》の内の、情《なさけ》ない状《さま》を見るのも忌《いま》わしし、また、何となく掻巻《かいまき》が、自分の形に見えるにつけても、寝ていて、蚊帳を覗《うかが》うこの姿が透いたら、気絶しないでは済むまいと、思わずよろよろと退《すさ》って、引《ひっ》くるまる裳《もすそ》危《あやう》く、はらりと捌《さば》いて廊下へ出た。
次の室《へや》は真暗《まっくら》で、そこには
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