うよう判然《はっきり》と、蚊帳の緑は水ながら、紅《くれない》の絹のへり、かくて珊瑚《さんご》の枝ならず。浦子は辛うじて蚊帳の外に、障子の紙に描かれた、胸白き浴衣の色、腰の浅葱《あさぎ》も黒髪も、夢ならぬその我が姿を、歴然《ありあり》と見たのである。

       十七

 しばらくして、浦子は玉《ぎょく》ぼやの洋燈《ランプ》の心を挑《あ》げて、明《あかる》くなった燈《ともし》に、宝石輝く指の尖《さき》を、ちょっと髯《びん》に触ったが、あらためてまた掻上《かきあ》げる。その手で襟を繕って、扱帯《しごき》の下で褄《つま》を引合わせなどしたのであるが、心には、恐ろしい夢にこうまで疲労して、息づかいさえ切ないのに、飛んだ身体《からだ》の世話をさせられて、迷惑であるがごとき思いがした。
 且つその身体を棄《す》てもせず、老実《まめ》やかに、しんせつにあしらうのが、何か我ながら、身だしなみよく、床《ゆか》しく、優しく、嬉しいように感じたくらい。
 一つくぐって鳩尾《みずおち》から膝《ひざ》のあたりへずり下った、その扱帯の端を引上げざまに、燈《ともし》を手にして、柳の腰を上へ引いてすらりと立ったが
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